東京湾岸埋め立て地をテーマとする美術家   (1989)


 東京湾を見渡せるいくつかの場所では、人は原初的な時間のただなかにいるように感じることがある。そこは未開地のような神秘的な雰囲気に満ちている。そう、埋め立て地はまさに都市にとって、ただ一つの新しく生まれたばかりのスペースなのだ。そこはそよ風が吹き、野草が揺れ、一見自然そのもののように感じられる。しかし、その広がりが人間社会が捨てた廃棄物が絶え間なく持ち込まれ、いっぱいになってできた場所だとまもなく気づかされる。この場所が持つそのような逆説的な意味合いは、一つの探求の扉を開ることになる。それは精神と感覚のための旅の扉なのだ。そのような両面に関わる制作をしている美術家が丸山常生である。彼は今度の展覧会(土地の系・ルナミ画廊)で、オブジェと写真を用いたインスタレーションを行っている。

 私は1983年から彼の展覧会を見ているが、その頃から、彼は自分の求める様々な素材を採取するため、東京という名の都会のジャングルに深く入り込んでいた。やがて、彼は四方の壁を穴の開いたパネルでおおった作品を発表した。それは、我々が生活のために奇妙に群れている「環境」全体が主題とされ、それについて熟考された巨大なスケールの展示であった。それぞれの穴は広い意味で「生」への特別な関係を持っていて、そして穴そのものが実体性も帯びていた。採集された拾得物は彼の手によって生き返り、そして色、形、材質はデリケートで洗練された美的な記号へと昇華されていた。とはいえ、それらは想像以上に原始的であったり、ふだんの生活習慣から隔たっている訳ではない。地面の泥がついたままのプラスティック、ブリキ、ガラス、布、紙など我々の日常をシンプルに、かつ雄弁に表すごく普通のものなのだ。彼の眼は、平凡なものから巨万の富の宝物を探し出す骨董品収集家のように鋭い。しかし彼の精妙な感覚は、人為的価値で計れる美術市場を超えた広がりを持っている。それは「生」と「環境」とに関係していることなののだ。

 それゆえ、彼の作品は単なる装飾以上のものになっている。それらはカメオのように人々の眼をひきつけるが、しかしそれは深い思索のために利用するカメオなのだ。彼の制作方法はある場所を設定し、彼の様々な発見の結果を提示するために、そこで探し歩くことから始まる。彼はこれらの作業をフィールドワークと名づけている。それは都市における人類学者の仕事ともいえよう。そう、丸山は新種の人類学者なのだ。今回の展覧会で、彼は川に関連した土地に焦点をあてた。フィールドワークのために東京湾岸の埋め立て地の洲を訪れた。採集物は多摩川河口の泥や、荒川河口の地−若洲で見つけた様々なものである。そして彼は13ヶ所の「場」をサイズを変換した作品としてインスタレーションした。それははミクロ的視座から提示されながら、マクロ的スケールにまで及ぶ世界へと見る者を解き放つのである。


 観客はその「場」をよく観察するために、作品に歩み寄らねばならない。他の作家の作品はもっとオープンでとっつきやすいものであるが、彼の作品は、例えばその内容をよく調べるために、穴のグリッドを通してじっと見つめることが必要になるのだ。その作品の魅力は、初め観客は視覚的に入り込みながらも、やがて嗅覚や聴覚、触覚的に広がる発見のプロセスをたどることにある。さらにもう一つの魅力として、彼は我々の気づかぬ眼(知覚)も揺り起こしてくれる。それは「生」の別の次元、ことに四次元としての「時間」を気づかせてくれることにある。彼は我々に時間の流れ(生の変遷とその連続生)を感じさせようとしているのだ。彼は全てのものが、発生〜破壊〜再生のサイクルの中で変化するものとしてあり、永遠のものなどは存在しえないという事実に関心をいだいている。その変化のプロセスは、彼の作品における色や、形、材質としてあらわされた美的記号において、様々な作用(例えば、化学反応を受けたり、摩擦し、さらされ、水中で腐食し、陽に焼けたりし、そして皆、古び、色あせ、消滅していくサイクル‥‥)によって味付けされて、はっきりとあらわにされている。

 彼の時間の流れに対する思考は、単に過去のみと関わっているのではなく、彼が「未来への要因」と呼ぶことにも関わっている。そういえば近頃、埋め立て地は遊び場のようにのっぺりと平坦に、時を刻み、日が移り、月が変わる、という単なる時間の移り変わる場に、新たになりつつある。新しい顔を見せ始めたのだ。新しい道やビルが作られ、そしてその結果、ここの空間も時間も幾分か変化させられたようだ。そう、そしてこれらの成り行きは、終りのない変遷のサイクルの中で、もう一つの別の連鎖を再開していくことになっていくのだろう。

(THE JAPAN TIMES WEEKLY 1989年2月25日− The Weekly Recommends ロドニー・オブライエン)
英文より翻訳)


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